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……内密に秘密厳守……これが儂が選ばれた最大の理由かもしれない。儂は1人者だし儂が口をすべらせた所で儂のような変わり者を町の誰がいや誰が一体信じると言うのだろうか……。

「いいでしょう。お引き受けましょう。ただ……儂はこのような人形を造るのは初めてです。貴方が希望する人形が出来るまでに試作品を何体も造る事になるでしょうし後何年かかるかも分かりません。それでもよろしいでしょうか?」

ラッセル卿はその答えに少し考えながらも

「……毎月1回…試作品であろうと途中の出来栄えだろうと、この私に見せに来る…というのが条件だ」

「分かりました。その条件のみましょう」

交渉が成立し老執事が契約書の紙の束を目の前に差し出して説明を始める

「これが契約書の内容です。よく眼を通してサインをして下さい。」

それが儂の機械人形を造る長い長い年月となり……町の者達がいつの間にか儂を『博士』と呼ぶようになるまでの期間-----。


ラッセル卿と呼ばれる男……。妻と別居してから何ヶ月も経っていないのに私の心の中にあるのは昔の初恋の人の想い出だけ。妻の事も子供の事も忘れてはいないし責任も感じてはいる……が愛してはいない。愛してはいない……なんて残酷な言葉だろう…なんて嫌な男なんだろう……。だが愛していない代わりに私もまた幸せという言葉を知る事はなかった。そうルチア……君が私の目の前に現れるまでは-----。

月に1回の約束の日。迎えにやった車でゲムが試作品を持って館に来る。いつもの部屋でいつもの顔ぶれ。そうラッセル卿と老執事とゲムの3人だ。

「……私は人形と言ったのだが……」

ラッセル卿が感想を言う。そう目の前にあるのは機械の部品で組み立てられた物体…到底、人形とは言えない品物。しかしゲムは悪びれもせずに

「貴方が望んでいるのは人形ではなく機械人形なのですよ。」

「???機械人形??人形とは違うのか??」

「違います。機械人形は主人の為に考え喋り行動する。人形はただ飾って同じ言葉を言うだけです。」

「……そんな物が……いや、お前にはその機械人形が造れるというのか?」

「……これがその試作品です。まだ少ししか動きません……」

手に持っているリモコンで操作をすると機械の部品の腕らしき部分が動く…。ラッセル卿はただ黙ってその動きを見る。

「……分かった。来月に期待しよう」

-----今の状況ではゲムの言う言葉をそのまま信じられないが……もし彼女が動き喋れると言うのならば……私はそれを見てみたい。

毎月のその日が楽しみになって来ているのが自分でも分かる。少しずつだがゲムが持って来る試作品は人のように動き、その度に私の胸に希望の光りがさす。少女の顔は別に造っているのだが私は顔だけは完成してから見ると言っている為まだ見る事はない。

………いつか彼女をこの眼でそして手で感じる時が来る……これが幸せ……幸せと言うものなのだろうか……?。そう思う日々の中での出来事だった。病気で入院した妻が死亡したという知らせが来たのは-----。そう、それは別居してから2年という月日が経っていた時の出来事。

急いで病院に来た私の目の前にあるのは病院のベットで永遠の眠りにつく死んだ妻の姿……。彼女と最後に話をしたのは1週間前と同じこの部屋。その時の私も今のように彼女の側にいるが何も話はしなかった。いつも話をするのは彼女から…そう1週間前のあの時もいつもと同じ台詞を彼女から口にした

『……元気そうね。』

『……ああ私は元気だ。君も……君も早く元気になるんだ』

その言葉に少し寂しそうに微笑む彼女

『……私はいいの…私は…心配なのはケントの事…。お願い貴方…私達の息子のケントだけは…ケントだけは幸せにしてあげて……私の最後のお願い』

『……最後と言うな。君は元気になる。そしてケントと君は………私よりも幸せになる。いや幸せにならないといけないんだよ』

この言葉は私の本心。そう彼女にもケントにも幸せになってもらいたい。私は……愛してやれなかったし幸せにもしてやれなかった。そう私は不幸になるべき男……のはずだ。しかし私は……今…幸せを知っている。

妻の死に顔を見ても私は今もまだ妻の名を言えずにいる。君はどうしてこんな男を愛したのか……どうして私は君を愛してやれなかったのか……。何故私はこうも昔の想い出に固執してしまうのか……。それは感情の迷路……自分の感情であるのにどうしようも出来ないもの


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勢いよく後ろの扉が開く音がする。その音で妻の最後に会った思い出から現実へと呼び戻された。

『……母さまは……最後まで貴方に……貴方に会いたがっていた。だから俺は……あんたを…あんたを呼びに…館まで……行ったんだ。』

後ろから声がした方向に振り向くとケントが扉の前に立っていた。よほど急いで自分の館に向かったのだろう顔じゅうが泥だらけで汗だくだった。

『……ケント』

扉にいる彼のそばまで行き、手を差し伸べようとしたが彼はその手を叩き

『あの機械の少女はなんなんだ??お前は……お前は……』

-----少女……?まさか顔が完成したのか?

『……ルチアの顔が……出来たのか?』

思わず声に出していた。妻が死んだ目の前だと言うのに私は今すぐにでも館に帰りたいと思っている自分。息子のケントはそれを察したかのように私にかけより私の体を叩きだす

『あんた!!今どういう状況か分かっているのか??見ろよ!!あそこで寝ているのはあんたの妻だろ??違うのか??』

死んだ妻を指差すケント。そうだケントの言う事は正しい。私が間違っているのだ。

『ケント……私はどこにも行かない……』

だがケントは聞いているのかいないのか。彼は私を叩くのをやめて黙って涙を流すだけで私はそんな息子をただ見ているだけしか出来なかった。
結局は妻の葬儀などで忙しくルチアの顔の完成を見たのはそれから1ヶ月後となり、そして2人の男の過去の話しはここで一旦終わる事となる。



「……ルチアは完成したのですか?」

過去から現実へと戻りカイトは博士に質問をする。博士もその頃には食事を終えていて食後のコーヒーを飲みながら

「顔は……完成したと言っても良い。ルチアの顔を見た時のラッセル卿のあの顔は忘れはせんよ。愛しい人に会ったようなあの顔を。……ただ…だからと言って問題がなかったわけではない」

「……機械人形として……ですか?」

ずばりカイトが要点をついた。いくら昔から機械をいじって来たとは言え早々に人間のように上手く動き話す機械人形が造れるはずがないからだ。

「うむ。動きに関しては不器用な動きではあるがラッセル卿もあまり気にはしなかった。……問題はデータだ。その頃のルチアの言語の登録に関してはある程度の入力はしてはいたが時々の行動に対する動きや言葉の表現がうまくいかなかった。そうルチアに足りないもの……それは学習能力とデータに他ならない」

カイトは黙ったまま博士の話の続きを聞く

「その頃だラッセル卿が3PAI(スリーピーアイ)の事について話を持ち出してきて必要な物の取り寄せが出来るようになったのは-----。まあ確かに儂1人が出来る事なんぞ限られているし儂もルチアを出来るだけ完全に仕上げたかったので、その申し出に反対はしなかった。しかし儂にも意地がある。取り寄せたのはルチアの必要な部品のみだけにしたよ」

確かにここまでがんばってきて3PAI(スリーピーアイ)から機械人形を取り寄せたのでは博士の立つ瀬がない。しかし重要なのはその部分ではない。

「……であの…ルチアのデータはどのように……したのですか?」

博士はその事に関しては簡単に説明をする

「ああ、3PAI(スリーピーアイ)から必要な部品を取り寄せたおかげと……まあ後は奇跡が起こったおかげ……と言う事になるかな」

「奇跡…ですか……」

「そうあの頃は奇跡の連続じゃったな。ルチアの噂が町に出だしたのもピザ屋の親父が偶然ルチアに会ったのもその時期だ。そしてラッセル卿もルチアを気に入りある程度の噂話しも気にもせず…いや、それどころかルチアの噂を喜んでいたよ。秘密厳守の件もある程度は話しても構わなくなった……そして……」

-----そして…儂もその頃から『博士』と呼ばれるようになった

「……博士?」

「んっ!ああ、それだけの話しじゃよ。ルチアが造られた理由は。」

その時カイトの頭の中で別の人格が言う

“奇跡……奇跡なんてないさ。そう、データは奇跡では造れないのだから-----”


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