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博士はルチアの腕の作業をし始めた。カイトは博士の邪魔にならない程度の距離からその作業を見つめている。

-----ルチアのデータに何らかの損傷があれば僕がどうにかしなければ……

自分の左腕の肘よりも少し上の方までしている白い手袋に手をあてながらカイトはいざとなればこの左腕でルチアのデータだけでも取り込むつもりでいた。そうデータさえ無事なら機械人形の体は器(うつわ)に過ぎない為どうにでもなるからだ。そして作業をし始めてから何時間か経った頃、博士が作業をしながらカイトに声をかける。

「……カイト」

「はい、何でしょうか。博士」

「……悪いがもうそろそろ夕飯の支度をしてくれないか?」

時計を見ると、もう夕方の6時30分頃になっている。博士の作業の行方をずっと見ていたかったが自分がここに来たのは働く為だ。断るわけにはいかない。

「はい、分かりました」

-----少し不安があるが……仕方がないか……。

台所に行く前にルチアの方をちらっと見ると、なぜかルチアと眼が合ってしまいルチアはカイトを見て微笑む。しかしカイトの方はそんなルチアに対して、どんな対応をして良いか分からず結局ルチアを無視する態度のまま台所に向かってしまった。

-----やっぱり…どこか他の機械人形にはない…しぐさをルチアはする……

そして頭の中で別の人格が

“今迄人間の行動に戸惑う事はあったが……同じ機械人形を相手になぜこんなに戸惑うのか…彼女は一体なんなのか……これはどうしても彼女のデータが知りたい所だな。”

「………そうだね」




夕暮れ時、屋敷のテラス越しにある白く小さな丸いテーブルに置かれた白い椅子にラッセル卿は腰をかけていた。彼の眼は朝方ルチアが立っていた庭の方をじっと見つめている。

「だんな様、夜風は体に悪いです。どうかもう寝室にお戻り下さい。」

老執事が声をかけるがラッセル卿は動く様子はなく老執事はそれも踏まえたかのように厚手の上着を主人の肩にそっとかける。

「ローウエル」

「はい、なんでしょうか。だんな様」

「……最初は…ただ昔の面影を見たかっただけだった……」

前触れもないその言葉に老執事は驚く様子もなく

「そうでございましたね。ルチアは最初はただの人形として作って頂くはずでした」

老執事がそう言うと昔を思いだすようにラッセル卿が語り出す。



その頃、博士とカイトは夕食を食べている最中であった。カイトが思っていた以上に美味しい食事を作ってくれたので博士は久しぶりの美味しい食事にいつも以上に食がすすみカイトといえば小食なのかあまり食べず(と言っても機械人形だから食べる必要はないのだが)博士の様子を見ながら聞きたい事を切り出した。

「…博士、ルチアはどのような理由で作られたのですか?」

その問いに博士の食が止まり沈黙が数分間続いたかと思うと博士は何かを思いだすように口を開く

「……ルチア……あの子はラッセル卿の初恋の人を似せたものだ。」

「……初恋…ですか?」

「お前は子供だから分からんだろうが歳をとって昔を思いだした時、想い出が美しいまま記憶に残っていて……それをもう一度、夢見たいと思うのだよ」

「???なぜ子供なのですか?その…初恋の人は子供の頃に亡くなったのですか?」

「だからお前は子供だと言っているんだ。言っただろう?美しい記憶のまま残っている想い出だと。そのゆく末を知ってしまっては綺麗な想い出も現実となってしまい想い出も色あせてしまうのだよ」

「はあ……そうなんですか」

カイトには博士の言っている事が良く分からない…というか理解が出来ない。初恋と言う事は好きな人の事であって…何故その人のゆく末が気にならないのだろうか?。人間は好きな人と一緒にいたいと思うのではないのだろうか??

「まあ、お前もいつか好きな子が出来たら分かるだろう…」

「そ…そうですか…」

カイトは笑ってみる。しかしその笑いの表情さえ今の状況に合っているのかカイトには分からない。しかし博士は特に気にしてはおらず、それどころか昔を懐かしむように語り出す。


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そして今2人の男が語り出す。それは…7年前にさかのぼる出来事。
それは出会うはずがなかった2人の男……1人はラッセル卿…1人は現在、博士と呼ばれている男……だがその頃の彼は「変わり者のゲム」と呼ばれていた時の話。

変わり者のゲム……そう呼ばれている事は知っていた。だが儂はそれでも構わない。他の者達とは違う生き方をする……それだけで町の者達は変わり者だと呼ぶだけの事だ。儂は昔から機械をいじるのが好きで時計の修理や販売で生計をたてつつも機械に関する雑誌や本などを読みあさっては町の外側で化学がどれだけ発展をしているのかを知り、その度にその技術に近付こうと機械の工作にはげむ。そんな機械に夢中な日々を送っていたおかげで、女性に接する機会もなく、60近いこの歳になっても結婚もせずに今に至っているわけなのだが……まあそれは仕方のない事なのかもしれない。

ある日、町の権力者でもあるラッセル卿に呼ばれて館の別荘に行く事になる。初めて入る館の中は部屋や家具、置き物など見るもの全てが今の自分では手が届かない物ばかりで、それがさも当たり前のように目の前に置いてあるのだから人の差とは一体どれほどあるのだろうかと思い知らされる。今の自分では座る事がないはずであろう高級なソファに座りそのテーブルを挟んだ向いには今の自分では話す事さえ許されない人間がいる…そうラッセル卿その人である。見た目の歳は自分よりも2、3歳若いか同じぐらいだろうか。高そうなスーツを着ていてもっと恐い人物を想像していたが…どこか威厳はあるものの雰囲気はやさしい感じがする。

「お前がガラクタばかり造っているという変わり者のゲム…か」

変わり者……影でそう言われているのは分かっていたが本人を目の前に変わり者と言ってきた人物は初めてだ。実際言われるとかなり腹ただしくもなるのだが目の前にいる人物に言えるわけもなく

「……儂…いえ私のような者にどんなご用があるのでしょうか?」

そう言った私の顔が不機嫌である事にラッセル卿は気づいたようで

「すまん。言ってはいけない事を言ったようだな。どうも私は……その…言って良い事と悪い事の区別の判断が他の者とは違うようだ……」

「い……いえ、そんな事は……」

思ってもいなかった言葉が返って来たので逆に自分の方が申し訳なく思ってしまう。気まずい空気が流れていたがラッセル卿の後ろに控えていた老執事がその空気を壊すように

「……だんな様は機械や人形のような物には興味がありません。だんな様から見れば機械も人形もガラクタと同じなのです。」

……機械…ガラクタ……興味がない…必要の無いもの。それはきっと町の者達も同じなのだろう……

「……確かに…儂は…わ…私はそのガラクタばかり造っていると言われても仕方ありませんので……気にしないで下さい。」

ラッセル卿は用件の話をし始めた

「実はそなたに造ってほしい人形がある」

ラッセル卿はそう切り出しながら1枚の写真をテーブルに置く。その写真は手に取らなくても少女が写っているのが分かる……庭を背景に微笑んでいる12歳ぐらいの女の子。

-----ラッセル卿の娘さんだろうか?しかし……ラッセル卿には息子がいるとは聞いた事はあるが娘がいるとは聞いた事がない……

ラッセル卿は自分の疑問を知ってか知らずかテーブルの上に少女の写真について話し出す

「その写真は…昔この館に勤めていた庭師の孫娘だ。家に遊びに行った時に飾っていた物で……あの頃の私は素直な子供ではなかったので……どうしても『ほしい』と言う言葉が出ず……ずっとその写真を見ていたら…庭師が私に何も言わずにその写真を差しだしてくれたものだ」

「………」

「…私の初恋の人……ルチア…この歳にもなってこんな事を言うと笑うかもしれないが私は彼女に会いたい……この写真の頃の彼女にだ…」

-----笑えない……いや、笑えなかった。目の前にいる男があまりにも寂しそうで悲しそうで……とても哀れな男に見えたのだ。儂とは違う裕福な暮らし、望べば全てが手に入るだろうこの男が……儂よりも不幸に見えてしまったのだ。

「……儂には……この少女に似せた人形を造る事が出来るかは……分かりませんが…どういった人形が希望なのですか?」

「わがままだと思うだろうが彼女の等身大サイズを造ってほしい。そして出来るなら私の名が言えるぐらいの人形がほしいのだ」

老執事がそれに付け加えるように

「身長や体のサイズに関しては分かっておりますので後程、資料をお渡しします。また首から下の体の部分に関しては忠実に造らなくても構いません。ただ顔だけは…この少女の顔だけはこの写真と瓜二つに造って頂きたいのです。代金に関してはそちらの望む額をお支払い致しましょう。ただ……」

次の言葉には強い意志を感じる

「この事は内密でお願いしたい。秘密厳守と言う事です。それでもお受けして頂けますか?」


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