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その屋敷の庭はとても綺麗に整えられていた。季節の時期に合わせて植えられた綺麗な花々と長年その屋敷を見守っているであろう年輪を感じさせる緑あふれる大木の木々達。そしてそんな木々達と花々からあふれ出る穏やかで静かな空気。少女は……いやその機械人形である少女はそんな庭の花々に囲まれていた。しかし彼女は一体どれぐらいその場所にいるのだろうか?全く動く様子がなくずっとその場に立っている。

そしてそんな機械人形の少女を屋敷のテラスから見守っている2人の男性がいる。1人はテラス越しに置かれた白く小さな丸いテーブルに置かれている白い椅子に腰をかけている。その老人はこの館の当主であるラッセル卿。彼は少し小柄で整えられた白い髪を後ろにかきあがげていて着ている寝巻きの上からはおった白いガウンから見える腕や手には長年生きた証を刻み込まれたかのようなしわが見える。そして彼の側に立っている黒いスーツに黒のネクタイを着こなし整った白い髪とひげがよく似合う老執事が口を開く。

「だんな様、ルチアを見て来ましょうか?」

庭で動かない機械人形の少女…ルチア。主人の意図を汲んで言ったのだが主人はただ動かない機械人形の少女をじっと見つめながら

「……いや、まだいいだろう。あの娘にとって必要な事だから出来るだけ邪魔はしたくない…。」

その言葉からして、どうやら動かないのは良くある事らしく老執事もそれ以上は何も言わなかった。

「……今日、息子が来るそうだな」

ふと違う話題を口にした主人に老執事は焦る様子もなく

「はい、午後1時頃に来るとの事です。」

「………そうか」

ため息をつきながら悲しそうな眼を朝焼けの空にむける

「…御会いになられるのをやめますか?」

少し間があったもののラッセル卿の決意は変わらなかった。

「いや……いい。あれに会うのも、あと数えるほどだ。父親らしい事をしてやれなかったんだ。あれの気の済むようにさせてやりたい」

「……だんな様」

ラッセル卿……彼はなに不自由のない生活と家柄を存続する代わりに自分の意志と自由を捨てた。遅い結婚もしたが家柄の為の政略結婚……お互いに愛はなく息子が15歳になった時に妻と子供が住む屋敷から2時間ほど離れたこの屋敷の別荘に住むようになった。そしてその妻もそれから2年後に亡くなった。妻が亡くなったと聞いた時、悲しみはなくただ……愛してやれなくてすまなかったと罪の意識だけが胸のなかで重くのしかかり妻の死から5年経った今もその重みが軽くなる事はなかった。

過去を思い出してみても涙ひと粒も出てこない自分。そう…自分自身で得たものが何もないただ生きてきだだけの人生それが自分の生きた道のり……。血色のない自分の手を見ながら

-----だからなのだろうか?自分の身体が病に侵され余命いくばくもないと知った時も驚きも悲しみもしなかったのは…………。

「御主人様、モウ御部屋ニ戻ラレナイト、オ身体ニ障リマス。」

今まで見ていた血色のない自分の手を横からそっと握しめて優しく囁く声。さっきまで庭で動いていなかった機械人形の少女ルチアであった。

「……ルチア」

ルチアの顔を見て遠い過去の自分を思い出す。幼い自分と庭師の孫娘ルチア……同じ歳ではあったが一緒に遊ぶ事はなく自分はただ遠くから…そう窓やテラスから彼女を見ていただけの日々…庭師が亡くなり彼女もどこかに引き取られていったと聞いただけで忘れてしまった幼い日々の思い出。だが別居の為この別荘に来た時、思い出すのは幼い彼女の面影。そう一時だけ彼女と少し言葉を交わした事があるあの幼い思い出だけが何度も何度もくり返し思い出され、もし今あの一瞬を取り戻せると言うのなら今すぐ死んでもいいとさえ思うほど愛おしい記憶。

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「……ルチア、今日、お前を博士の所に連れて行く」

「博士ノ所デスカ?」

自分の手を握っているルチアの手を外しルチアの両手からそっとレースの手袋を外した。手袋から出て来た手……それは少女の機械人形には似つかわしくない鉄のような手。

「そうだ。新しい腕と手が届いたそうだ。」

「………御主人様」

鉄の手とは違って良く出来たルチアの瞳が自分を写す。そう最初にルチアを造るにあたって顔だけは他のどの部分よりもより昔の幼い頃に出会ったルチアを似せて造らせた。いや……それ以上に出来ているのかもしれない。なぜなら人の細胞の衰えや成長の変化がない代わりに機械ゆえの独特美しさが造れるからだ。薄茶色の美しい長い髪…白い肌そしてなによりも大きな黒い瞳……機械人形だからこそ出来る美しさかもしれない。

「私ノ事ヨリモ御主人様ハ御自分ノ身体ヲ早ク治ス事ヲ考エ下サイ。」

主人の身を案ずるルチアの言葉…。果たして彼女は自分のその言葉にどれだけの価値があるのか分かっているのだろうか?

「ルチア……お前がただの……顔だけが美しい機械人形なら…きっとこのままで充分なのだろう。私はお前の心…いやその人格のデータにふさわしい身体を付けてやりたいのだ。」

ルチアの鉄のような手を見ながら

「自分がもうすぐ死ぬと分かってから気づくなんて……本当に私は……いつも後になってから気づく事ばかりの人生しか生きられない男だ……」

一一一ルチアには主人の言葉の意味は分かっても理解は出来なかった。なぜ機械人形の自分にそこまでしてくれるのか?しかし今はそれが主人の希望であるならばそれに従おう。

「……分カリマシタ。タダ…御主人様ハ………」

「分かっている。私は寝ているよ。執事のローウエルに一緒に行ってもらう」

そう言いながらルチアの隣にいる老執事を見る。老執事も深々とおじぎをしながら

「承知しました。責任を持ってお引き受け致します。」




その別荘から少し離れた町並の中にあるピザ屋の近くにその少年はいた。ピザ屋の正面出入り口の壁を背に布を敷いて座っている少年。見た目は13、4才の子供…。柔らかい金髪に整った顔だち…確かに良い顔つきはしているが着ているものときたらTシャツとズボン…そして服に合わない左腕だけしている長い白手袋。どうやら商売をしているらしく、その少年の目の前には小さい看板がある。
一一一一機械もの何でも修理します。一一一

その看板とおりに少年は時計らしきものをカチャカチャと修理している。

“こういう仕事はやはりお前向きだよな。俺はそんな真似事はしたくないね”

頭の中で別の声が聞こえて来たがその声に返答をせず修理し終えた時計を眺めながら

-----真似事……か。確かに機械人形である僕達にはお金なんて必要ない。太陽の光のエネルギーで動いている僕達には一一一。

「だけど…僕はこうやって修理された物が動くのは好きだよ」

さっきまで動かなかった懐中時計の針がカチカチと音をたてて動き銀色の懐中時計の蓋に自分の姿が写る。見た目は人間と全く変わらない機械の身体……そう左腕の肘よりも少し上の方までしている白い手袋の中に隠れているもの以外は一一一。そしてこの機械の身体には2つの人格がある。僕とさっき頭の中で聞こえてきた声……いつかこの2つの人格が1つになるその日まで僕達は人として旅をする。それが僕達が造られた目的でそれがなければ僕たちは存在しないし存在する理由もないからだ。機械人形である事を隠し人として行動をする為には機械人形にとって不必要である行動もしなければならない。それが最も人として重要な食べる行為と飲む行為そして寝る行為である。不必要な行為の為に今のように機械の修理をしたり人の手伝いをしながらお金を稼ぎ食べ物や宿をとるのである。
しかし機械の身体で食べたり飲んだりはするものの、その食べ物や飲みものが機械のエネルギーとして吸収はされず後で人目がつかない所で固形物として口から出す。実はこの固形物……捨てずに取っておく。なぜなら人の役にたつ時があるからだ。最初にあげた人物にこの固形物の出所を言った時、絶対に誰にも言うなと言いながら嫌な顔をしたのをよく覚えている。しかし…何が嫌なのか結局教えてくれず実は今もよく分からない……。

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