『花火を見た日(シャドウハーツ1編)』
野宿が続く日々だったが今日はようやく仲間と共に街に着く事が出来た。久しぶりに暖かい布団に眠れる嬉しさと昼間の暑さが夕方近くになると嘘のように涼しくなったせいなのか、いつも以上に足並みが軽やかになっているのが分かる。
ホテルに向かう途中アリスが壁に貼っているポスターに眼をむけた。アリス……青い瞳と銀の長い髪を後ろで結わえ青いリボンで結んでいる。大人びた雰囲気はあるものの顔だちにはまだ少し幼さが残っている。清楚な緑色の服が良く似合っている可憐な女性。
「ウル、あれを見て」
アリスはウルと呼ぶ男性のコートの袖を軽くひっぱりながらもう片方の手で壁に貼っているポスターを指さして嬉しそうに微笑みながら
「今日は花火の打上げがあるって書いてあるわ」
ウルはそんなアリスの言葉に花火の絵が書いてあるポスターを見て首をかしげ、あまり手入れがされていない少し長めの茶色の髪を手でかき混ぜる。
ウル……赤いシャツの上から茶系の長いコートを着てはいるものの鍛えてあげている肉体はそれに負けてはおらず、その野性味のある雰囲気と吊り上がった眼はウル本人を知らない人々を遠ざけるには十分過ぎるものがあった。今もそれを証明するかのように周りからは遠ざかった眼をされている。しかし本人も仲間もいつもの事なのか特に気にする様子はない。そんなウルに近付きポスターを見るアリスを含めた4人の仲間達
「いいわね、本当に懐かしいわ」
見た目はアリスとは対照的な女性マルガリータ。金髪の長い髪をポニーテールに結び、大人びた顔つきとその豊かな胸にあう服が大人の色気を一層かもしだしている。
「ほう、こりゃまた偶然とはいえいいものが見れそうじゃわい」
朱震はもうすぐ夜になる空を見あげながら呟くように言う。朱震は老体ではあるものの現役の陰陽師で右目は眼鏡で見えないが、もう片方の細い眼はするどく彼が着ている中国風の拳法服と帽子からでも彼が何者であるかが一目で分かる。しかし同時にその落ち着いた雰囲気と暖かさに親しみを感じるのは彼の特権とも言えるだろう。
「見るのは何百年ぶりでしょう。」
キースが昔を懐かしむように言う。長身な体格にあった貴族の服と長く綺麗な金髪に整った顔だちには紳士的な風格があり、さすが吸血鬼でもあり城主であると言った所だろうか。
皆それぞれに花火を楽しみにする声を聞きながらウルのみが
「……それって……そんなにいいものなのか?」
一瞬、その場にいた全員がその言葉に沈黙した
「……ウル失礼な事を言うかもしれないけど…花火って知っているわよね?」
心配そうにアリスが言うとウルは少し恥ずかしそうに
「知ってはいるけど絵本で見ただけで本物は見た事はないな」
その返答に一同安心の表情を浮かべる
「よしっ!!今夜は嬢ちゃんと2人で見に行って来い!!」
朱震はウルの背中をドンッと音がするぐらいに叩く
「えっ!!おじさま??」
その意見に驚くアリス
「えっ!!アリスと2人で??いいの?」
さっきまでとはうって変わって表情が明るくなるウル。その表情から何かを感じ取ったのかマルガリータは念を押すように
「分かっているの坊や!!花火を見にいくだけよ??!!」
「分かってる!分かってるって!!早く荷物をホテルに置いて花火を見に行こうぜ!なっ、アリス!」
その言葉に朱震を除いた全員が
------本当に分かっているのだろうか?
と思ったのは言うまでもない。
ホテルに着いて皆が一息ついた頃にはちょうど空もうす暗くなっていた。男性陣の部屋では朱震がウルに
「よいか坊主!せっかく儂が機会を与えてやったんだ。無駄にせずがんばって来いよ!」
「分かってるぜ。じっちゃん!」
こぶしを握りしめてガッツポーズを取るウル。そんな2人のやり取りを見ていたキースが少しため息をついて
「いいですか、ウル。力づくはダメですよ。ムードを大切にして下さいね」
「大丈夫!!大丈夫!!ムードだろ?俺にまっかせろって!さて、そろそろアリスを迎えに行ってくるぜ!」
勢いよく部屋を出ていくウル。その後ろ姿を見ながらキースは少々不安げに
「アリスの身が心配になってきました」
その言葉に笑いながら朱震は
「大丈夫!大丈夫!ああは言ってもあやつは嬢ちゃんを大切に想っておるから下手な事は出来んじゃろうて……」
ウルがどれだけ軽い口調を言ったとしても実際の行動は慎重で相手の事を思って行動をしている事を知っている。
「そうですね。」
キースも素直にその言葉に賛同した。
ウルがアリスを迎えに来る前の女性陣の部屋では女性2人だけだというのに騒がしいくらいに部屋はにぎあっていた。
「アリス下着は変えた方がいいかもしれないわよ」
ソファに腰をかけながら落ち着きがないアリスをからかうようにマルガリータが言うとアリスはその言葉に頬を赤く染めながら
「なっ…何を言い出すんですか??マルガリータさん!!花火を見に行くだけですよ?」
そんなアリスの真っ赤になった顔を見るのが楽しいのか
「あら、坊やはそうは思っていないと思うわよ」
笑いながら追い討ちをかけ、アリスの顔はさらに真っ赤になっていく。しかしアリスは嬉しい反面少し不安があった。確かにウルは人の嫌がる事はしないのは分かっているし、その点での不安はない。だが最近は新しい仲間が増えた為に以前のように2人っきりになるのは久しぶりで実際の所どう行動して良いのか分からない。駄目もとでマルガリータに
「……一緒に行きません?マルガリータさん」
「嫌よ!!お邪魔虫になるのは!!」
即座にそっぽを向くマルガリータ。
その時ドアを勢いよくドンドンと叩く音が響きその音と共に
「アリス!!迎えに来たぜ!!」
大声で嬉しそうに叫ぶウル。その声にアリスも賛同をしたいのだが不安が先にたってなかなかドアの所まで行けない。それを察したのかマルガリータは軽くアリスの肩を叩き
「大丈夫よ。坊やの顔を見たらそんな不安もすぐになくなるわよ」
アリスはマルガリータの優しくささやく声に後押しされてドアを開けウルを迎え入れた。
となりへ(上へ行く)
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